歴史を捏造(Whitewash)するものは誰か?


フリーペーパーCheersブログ記事(2016年9月6日)


毎月第一水曜12時から、シドニー総領事館の入っているビルの前で、反日グループがデモを行っている。

事務局も毎月このデモをチェックしにCityに出かける。反日グループのメンバーは20人前後、20代の若者が中心である。彼らは最近豪州に韓国からやってきたワーホリや学生がほとんどで、10年以上豪州に住んでいる人はほとんどいない。中心は韓国の挺対協(挺身隊協議会)のユン・ミヒャン代表からシドニーで反日運動をするよう申し付けられた男女である。デモ参加者の中には日本人を顧客とするビザ・コンサルタントなどもおり、この韓国人は日本人顧客をだました前歴を持っている。彼らの主張は慰安婦に関する日韓合意反対、竹島問題について日本の姿勢を糾弾、慰安婦像設置推進などである。挺対協は北朝鮮との関係が明らかになっている左翼民間団体であり、最近の活動は反政府の色彩が強くなっている。下の写真は8月6日の慰安婦像のお披露目セレモニーに出席した来賓たちであるが、アッシュフィールドのUniting Churchのビル牧師の後ろに挺対協のユン代表の姿が見える。彼女の一族および挺対協の幹部たちはスパイ罪で韓国政府に逮捕されており、韓国政府の監視対象組織となっている。

ユン・ミヒャン挺対協代表



水曜デモでAJCNの事務局長が反日グループのメンバーたちと意見を交わした時、彼らが韓国の歴史について全く誤った洗脳教育により、事実とほど遠い歴史認識を持っていることが明らかになった。彼らの歴史認識がどのようなものかについては触れないが、日本人にとっても最も暗黒の時代であると思われる韓国の日韓併合時代とはどのような時代だったのか、エピソードを例にご紹介する。

****************************************************************************************************************************************************************

日韓併合とは大韓帝国政府と大日本帝国が1910年8月29日に条約を結んで日本国として一体となったことを言う。英語ではAnnexation。インドを植民地化したイギリスの政策はColonisationであり、EnglandとIrelandの関係がAnnexationである。

当時、大韓帝国はロシアの南下政策により脅威を受け、日本の庇護を受けるため大韓帝国の貴族たちは併合を望んだ。韓国人の中にはこの併合時代は日本による侵略の時代であり、たくさんの韓国人が殺されたと信じている者が多い。シドニーの挺対協の若者たちの中にもそう言った者もいたが。これは韓国で今も行われている反日教育によるものである。

では実際はどうであったか。

併合時代の朝鮮人たちは日本軍へ志願殺到


朝日新聞が報道した『日韓併合の真実』 によれば、日本軍への志願兵制度導入前から朝鮮人の志願が殺到した。
朝鮮人に対する徴兵制について、戦後の朝日新聞は、嫌がる朝鮮人を無理やり徴兵したように報じている。だが、当時の「朝日新聞・朝鮮版」を読むと、その実態はかなり異なる。徴兵制導入以前から多数の朝鮮人が兵士に志願するという下地があり、日本人と同様の「愛国心」が発露していた様子が窺える。
朝鮮半島で「志願兵制度」が導入されたのは1938年のことで、「徴兵制」が実施されたのは1944年からである。志願兵制度が導入されるまで、朝鮮人が旧日本軍に入隊する術は、陸軍幼年学校か陸軍士官学校に進むしかなかった。

日支事変の遠因となった、1937年7月29日の「通州事件」(北京近くの通州で日本人・朝鮮人居留民二百数十名が中国兵に惨殺された)により、朝鮮人の中国への怒りが頂点に達していたこともあり、朝鮮半島では志願兵制度がまだなかったにもかかわらず、志願が殺到していた。



朝鮮人志願兵制度は、日本在住の朝鮮人の間でも大きな反響があったようだ。

『志願兵制度に内地在住同胞も大感激 各地で我先にと志願』



当初7倍だった倍率は、5年後には50倍になった

朝鮮人志願兵制度をまちわびる熱気に押されるように、1938年2月23日、志願兵令が正式に公布された。
志願兵募集初年度となった1938年度は、志願者2946名中、406名が合格した。以後も志願者数は右肩上がりで増え続けた。
1938年度 志願者 2946名 406名合格
1939年度 志願者 1万2348名 613名合格
1940年度 志願者 8万4443名 3060名合格
1941年度 志願者 14万4743名 3208名合格
1942年度 志願者 25万4273名 4077名合格
1943年度 志願者 30万3394名 6300名合格 

もちろん、当時の報道には戦意発揚の意図はあっただろう。また、職を求めた朝鮮人たちが軍に志願した面も考えられる。しかし、この志願兵急増の背景には彼らなりの「愛国心」があったことを窺わせる記事がある。戦中の日本在住の朝鮮人についての記事だ。

『在阪朝鮮人一丸 暴英膺懲(ぼうえいようちょう)に蹶起(けっき) 十六日大会を開催』
「東亜の敵老獪イギリスを討てと在阪朝鮮人が一丸となって十六日午後七時から大阪天王寺公園運動場で暴英排撃大会を開催することになつた、(略)参加大衆五万余といふ素晴らしい人員である(大阪)」

志願者が増え続けた結果、当初7倍程度だった倍率は1943年度には約50倍となり、不合格を悲観して自殺するものまで現れた。
『●純情の愛国青年 志願兵に不合格を悲しみ 失望の余り自決』

「(略)李昌萬君(十八年)は去る六日午後十時ごろ自宅から約十町離れた林野内で死を遂げた、(略)『僕が念願していた志願兵は遂に駄目になつた この苦しみを免れるには死んだほうがましだ』と漏らしていたさうで今日まで宮城遥拝、里洞祠参拝を怠らなかつたといふ」




『志願兵に不合格を悲観して自殺』(『大阪朝日・南鮮版』1940年7月13日付
一方で何とか合格しようとして血書を持参する志願者まで現れた。
『鮮血「皇民の誓ひ」 一家を代表して志願』(『大阪朝日・南鮮版』1940年2月9日付

『また血書の志願 爆発点の慶南志願兵熱』(『大阪朝日・南鮮版』1940年2月8日付



徴兵制実施にともない皇居前で万歳奉唱


このように激増する志願者数と歩調を合わせるように、1942年、「徴兵制」の実施が発表された。
日本でも朝鮮半島出身者が徴兵制施行に対する感謝の集いを行ない、皇居二重橋前で万歳奉唱をしている。

実際に朝鮮人に徴兵令が適用されたのは、1944年9月からで、徴兵検査を済ませて訓練所に入所したのは、1945年1月~7月の半年間だった。そして7月から朝鮮半島や日本国内の「防衛部隊」へ配属されたが、徴兵制度で入隊した朝鮮人のほとんどは、実戦経験することなく8月15日の終戦を迎えたのだった。

しかし戦後の朝日新聞の論調によれば、戦地へ送られなかった事実は「巧妙な強制連行」ということになる。
『朝鮮人徴兵し、食糧生産 巧妙な強制連行 旧陸軍電報発見』
「【大阪】(略)塚崎さんは『両部隊は本土決戦に備え、兵士の食糧などをまかなうために開墾や耕作をさせた。軍のため労働力を集めた巧妙な強制連行だ』と分析する」(『朝日新聞』夕刊2003年3月15日付)
戦後の朝日新聞が日本の朝鮮半島を悪魔の所業のように演出しても、当時の朝鮮半島の「空気」「温度」はそれとはまったく異なることを「朝日新聞・朝鮮版」は訴えかけている。
 

ひとつ留意すべきことがある。それは、韓国の併合が、朝鮮総督府が米国に移管された1945年9月9日まで35年間続いたということである。つまり、8月15日以降も朝鮮総督府には日の丸が揚がり、日韓併合は続いていた、ということだ。日本が戦争に負けて終戦となっても、朝鮮の統治は自動的には終わらなかった。朝鮮独立軍が日本軍を追い出して独立した、というのは韓国人が作り上げた歴史ファンタジーである。同時に、日本統治下で韓国人の虐殺などは発生せず、経済は成長し、朝鮮人の寿命は延びた。だから、当時を知る高齢層ほど反日感情が薄いのである。若年層ほど完全に捏造された歴史を信じ込まされている。2013年5月には、ソウルの中心部にある市民公園で、「日本が韓国を併合したことは悪いことではなかった」と述べた95歳の老人が、その言葉に激昂した38歳の男に殴り殺されるという事件が起きた。その男は、老人の杖を奪い取り、杖が折れるまで老人を殴り続けた。現代韓国人の心の闇を象徴する事件であった。




歴史を捏造(Whitewash)するものは誰か?


フリーペーパーCheersブログ記事(2016年9月7日)


韓国で行われている反日教育


日韓合意に関する年代別調査が韓国で行われた。韓国の民間の世論調査会社「リアルメーター」が2015年12月31日に発表した統計によれば、 結果は以下の通りである。



この調査結果は年代が若いほど反対の意見が多いことを示しているが、慰安婦問題についてインターネットで歴史的事実に触れやすい若い人たちがなぜというコメントが日本人から多く聞かれた。その大きな理由として、日本でも知られている韓国における反日教育のせいであるとの見方が一つの回答となろう。
水曜デモに参加した韓国系の若者とAJCN事務局長の会話がなぜ成立しないのかの理由もこれで説明できる。

韓国の国定教科書の日本に関する記述の大半は日韓併合以後の記述で占められ、韓国併合時について国内の併合を進めた人々を親日派と称し、大日本帝国の強圧により併合させられ、併合中の大日本帝国の功績にはほとんど触れず、「いかに(大日本帝国と)戦ったか」に重きをおいて教育をしている。日韓の歴史について韓国の歴史学者たちの恣意的な歪曲があり、これに基づいた強力な反日教育を行っており、民族主義イデオロギーの醸成を政府主導で長く行ってきた。 法的にもこの反日思想をサポートする「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」 (一般的に親日法と呼ばれる) という遡及法がある。この法律の目的は親日派と認定された人物、およびその子孫が所有する財産を没収することにあり、法的に親日を悪とする見方を裏打ちしている。

下の写真はソウル市郊外キュルヒョンの地下鉄駅構内に展示された絵画展における小中生徒達の作品である。出品作品は、日本列島をウサギの糞にした絵、日の丸を踏み躙っている絵、日の丸が描かれたトイレットペーパーを燃やしている絵、日本列島を火あぶりにしている絵、日本列島にミサイルを撃ち込んでいる絵、「嘘つき民族日本人」を犬小屋で飼っている絵などであった。絵には「日本の奴らは皆殺す」「日本列島を火の海に」「日本というゴミが捨てられるのは何時なのか」などという言葉も見られた。呉善花さんは「韓国では小学生の時からこうした教育を受けさせ、伝統的な侮日観をしっかり身に付けさせている」と述べている。
参考動画:韓国の小中学校で行われている反日教育 https://www.youtube.com/watch?v=jHekhbjWBL4
(全教祖:全国教職員労働組合会という北朝鮮主導で共産主義による南北統一を目指す組織によって行われる契機授業という思想教育強化授業が行なわれている)



そして最近、韓国で「朝鮮戦争」がこう認識されているというショッキングな記事を見つけた。

韓国の小中高教育では「朝鮮戦争」と呼ばない⇒ 日本と戦った「韓国戦争」と教えている。




日本と戦って下さってありがとうございます? 
6.25 (朝鮮戦争) も分からない小学生達
JTBCニュース(韓国語) 2013-06-18
http://news.jtbc.joins.com/article/article.aspx?news_id=NB10295190
1950年の6.25戦争(朝鮮戦争)に参戦した勇士らに小学生らと中学生らが感謝の手紙を書きました。ところがその意味を全く知らない学生たちが多かった。

手紙の内容を見ましょう。
イ・ユジョン記者が伝えます。

[記者]
1950年6月25日明け方4時、北朝鮮の侵略で始まった韓国戦争(朝鮮戦争)。
150万人が亡くなり、360万人が負傷しました。
民族の悲劇、6.25を正しく知る学生たちは多くありません。

大田(テジョン)のある小学校。6.25を独立運動と勘違いして「日本と戦って下さって感謝する」
という手紙を参戦した勇士に書きました。

「6.25個の国が戦ったという意味だと思っていた」という学生。6.25が50年間続いたとか8月10日だと思っている学生もいます。

中学生らも知らないのは同じこと。

「キム某嬢/中学校1学年:(6・25とはどんな日ですか?)
 うーん…まだよく分からないです。(何年度に起きましたか?) 1945年…」

「キム某君/中学校1学年: 北韓(北朝鮮)軍と韓国軍が戦ったのは…1964年? じゃなかったか…」

小学校5学年から6.25を含む現代史を習いますが、2005年に修学能力試験の必修課目から国史が外れ、2011年に集中履修制が導入されたことが大きいです。

「チェ・ジョンミン/ファゲ中社会教師:韓国史を疎かに扱う部分があり、 学生たちが現代史の重要な事件をよく認識できない部分があります。」

参戦した勇士は遺憾を表わします。

「チェ・ギオク/6・25参戦勇士:経験がないから見たこともない。学校で勉強するのに映画(動画)を見せながら教えれば子供たちは分かるが、言葉では分からないです。」

国史教育を強化しなければならないという声が大きくなっています。
*******************************************************************************

あるブログで下記のような記事も見つけた。契機授業で実際にどのように教えられているか確認されていないため、この記事は極端な内容とも考えられるが、ご紹介しておく。
(念のため山岡代表が韓国人にこの記事の内容を確認したところ、本当だという答えが返って来た)

韓国では北朝鮮と戦った1950年6月25日~1953年「朝鮮戦争」を一切教えていない。理由は同じ朝鮮民族同志で戦う理由など存在しないと教え込む学校教育と嫌憎日ヘイト教育方針からである。では1950年6月~1953年の戦争をどのように教育してきたのか。驚くことに、この戦争は韓国が日本と戦って戦勝国となった「韓国戦争」と教えている。国連軍の米英仏連合国が「日本」と戦い韓国から追い出した戦争と教えている。これについて質問すると高校生や大学生、40代の社会人に聞いても同じような回答が返ってくる。
それでは「韓国戦争」とはどんな内容なのか簡単に紹介すると、現在韓国の小中高学校教育で教えている事は以下の通りである。

1. 朝鮮半島で同じ民族同志で殺し合う戦争などなかった。北と戦った朝鮮戦争は教えていない。

2. 1945年8月15日に日本は負け、満州の日本軍がソ連軍に追われて朝鮮半島に侵入して韓国を占領した。日本軍は婦女子まで銃を持って侵入して、韓国人を虐殺し悪逆非道の限りを尽くし韓国を占領し居座りつづけた。

3. 1950年6月25日に「韓国戦争」が始まり、朝鮮半島から日本軍を追い出す戦争が「韓国戦争」。米英仏韓の国連軍が侵略者の日本軍を朝鮮半島から追い出し、韓国が勝利した戦いが「韓国戦争」と教育している。

4. 北朝鮮はソ連軍と中国軍が北朝鮮から日本軍を追い出した。中国軍と韓国軍は「韓国戦争」で供に戦った同志戦友と教えている。

5. 慰安婦とは、日本が「韓国戦争」の時に20万人を強制連行してジープに乗せて売春させていた。

6. 1945年8月15日とは、日本が戦争に負けた日で韓国の建国記念日と教えている。植民地支配から8月15日の独立の前後経緯は、「韓国戦争」に続く話につじつま合わないので教えていない。

7. 竹島は1950年6月~「韓国戦争」で日本を追い出し取り戻した島と教えている。

8. 北朝鮮と1964年に国境紛争が発生したが、同じ民族で殺し合う大きな戦争にならず。また一度も北朝鮮とは戦争していない。同じ民族同志で戦争する理由もないと教えている。

9. 日韓条約は過去の植民地支配の謝罪、賠償条約で、韓国の立場はこの条約を基本にしてる。

10. 韓国は戦勝国で、国連設立に参加した当事国で最初の国連加盟国であると教えている。

この歴史感は40代の韓国人に共通した歴史認識として教育されており、韓国の小中学校で週3~6時間この教育をしている。韓国民は疑いもなく日本を恨むように教え込まれている。

韓国人28歳の米国留学生に聞いても同じように答える。米国英文資料の朝鮮戦争について、「これはウソだ!デタラメが書かれている!」と怒る。「なぜ米国は日本を擁護して嘘を書くのか!」。
「韓国戦争で米英韓国連軍が日本と戦い朝鮮半島から追い出したのに、なぜアメリカは嘘を書くのだ!」と、これが米留学中の韓国学生の最初の答えである。全く事実を認めない。嫌憎日ヘイト教育で子供に9年間も教えたすごい結果である。

これが韓国の実態だということを日本人は知らなくてはならない。北朝鮮の話ではない。韓国の現状である。




歴史を捏造(Whitewash)するものは誰か?


フリーペーパーCheersブログ記事(2016年9月6日)


AJCNとして慰安婦像問題に取り組み始めてもう2年半になる。その間、歴史の真実とは何かについて考えさせられる事ばかりであった。日本人は歴史に関する議論が下手だ。議論が下手というよりも、議論の前提となる史実について勉強し、調べて自分の認識のベースを作ることを怠っている。それはおそらく、戦後教育において、特に日本の近代史を否定的に捉える風潮が強かったせいもあるのだろう。歴史認識について自分の意見を人前で述べることができない。そのため中国人や韓国人にいいように言いくるめられるシーンを何度も見てきた。歴史は人が書いたものだ。実際に何が起こったかはそれを書き記した記録や叙述によってはじめて確認できるのである。そしてそれは虚偽のものであるかもしれず、意図的に捏造されたものかもしれない。それらが時の進行に伴い、新たな史実の発掘によって覆され、歴史が書き換えられ、改訂されていく、その繰り返しだ。常に歴史認識は見直され(Re-examine) され、再確認(Revalidate) されていく。そんな事例を今回ご紹介する。


あの吉田清治の長男(66歳)が衝撃告白


 慰安婦問題で、衝撃的なリポートが月刊誌「新潮45」9月号で発表された。ご存知の通り、朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、吉田氏の長男のインタビューに成功した。 この長男は「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白した。
AJCNの山岡代表は大高氏と面談し、この記事含まれていない情報もいくつか入手した。



大高氏は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。週刊朝日は日韓基本条約の直前1963年に吉田雄兎または東司 (ペンネーム吉田清治)の、朝鮮人労務者調達の経験に関する手記を掲載し、これが強制連行のストーリーの下書きとなった。日韓基本条約が締結された1965年、朴慶植(パク・キョンシク)が『朝鮮人強制連行の記録』(未來社)刊行したが、この朴と吉田が長い付き合いであったことを長男が明かした。プロパガンダ共鳴現象の始まりである。1983年、済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪』が発刊された。 吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。吉田氏も1996年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めているが、吉田氏の連行した人数は最終的には「多くて3000人の朝鮮人女性の強制連行をした」と報道 される始末であった。(1992年赤旗)

 安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の19997年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。

 一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は2014年8月になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
 本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖している。
吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。

 だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。吉田が23歳の時、朝鮮人(当時19歳)を、何故か養子にもしている。一体、「吉田清治」とは何者だったのか?

関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた長男は、取材で、以下のように語った。

● 「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」

● 「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」

● 「父は済州島なんか行っていません。家で地図を広げながら原稿を書いていました」「1983年謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入出国スタンプは押されていませんでした。なぜなら韓国政府が関与していて、税関を通過しなかったからです」 

● 「1983年に天安市に私費で建てた謝罪碑の除幕式に出席するために訪韓し、サハリン残留韓国人の遺家族であるとされる人物の前で土下座したが、碑を作る金など吉田家にはなかった。別の誰かが出したのだろう」

● 朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。大金が入ると子供たちに「今までの5倍の家賃のところに引っ越す予定だ」と言ったが実現しなかった。吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたのか?

 その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏の証言。吉田氏は「朝鮮半島のある組織 (南)にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。山岡代表は大高氏から南ばかりでなく北の組織とも吉田清治は接触していたと聞いた。また日本人の中にも吉田の活動に協力した人間がいるらしい。

 出身地は福岡県。門司市立商業学校(当時)の卒業生名簿には「吉田雄兎」の名前があるが、卒業生名簿には「死亡」と記されている。「背乗り」(はいのり:工作員が他国人の身分、戸籍を乗っ取る行為。警察用語)の可能性も取りざたされている。誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと謎に包まれた吉田清治という男と、慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。そして歴史はまた見直されていく。

豪州に慰安婦像はいらない!ユナイティング教会は外交政治問題に介入するな!


既に本ブログでご報告のように アッシュフィールドのユナイティング教会に慰安婦像が仮置きの状態になっています。AJCNは教会側と撤去に向けて交渉を開始しましたが、これをサポートする意味で下記の署名活動にご協力ください。

change.org
http://chn.ge/29Z2Uhu

※署名英語版
STOP THE UNITING CHURCH  DELVING INTO FOREIGN POLITICS!
http://chn.ge/2a0gWnw



署名の請願文

韓国系活動家グループの働きかけで、豪州ユナイティング教会のビル・クルーズ牧師は、シドニーにあるアッシュフィールド・パリッシュ教会の敷地に韓国慰安婦像を搬入、仮置きの状態になっています。
2015年末、日本政府は韓国政府と合意し、論争となっていた「慰安婦」問題について「最終的且つ不可逆的に」解決したとして、更なる謝罪と韓国への10億円拠出を約束しました。それにも関わらず韓国系のグループは現在、慰安婦像を公衆に見えるところに建てようとしています。
この韓国系グループは、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)という組織と深い関係があります。挺対協は、日韓合意に反対し、世界中に更に「慰安婦」像を建てると公言している団体です。挺対協は北朝鮮と関係があるとして韓国政府の監視対象にもなっています。
アッシュフィールド・ユナイティング教会のビル・クルーズ牧師は、教会の敷地内にそういった問題のある像を建てるというのです。彼はyoutube動画で、韓国系の活動家のインタビューを受けて日本人は「加害者」であり、謝罪を促すために慰安婦像を人目につく公道沿いに建てると発言しています。
https://www.youtube.com/watch?v=B4MGmbPirNs

こういった韓国系団体の活動は、日本を侮辱する政治宣伝で憎悪表現以外の何物でもありません。何故、彼らの建てようとする像は日本だけを非難するのでしょう?真に女性の名誉のためであれば、朝鮮戦争時に韓国政府が国連軍に供給した慰安婦のことも入れるべきです。朝鮮戦争の元慰安婦らは、現在も賠償を求めて韓国政府を訴えています。戦争時に被害にあった女性の名誉のためであれば、ベトナム戦争時に韓国軍に残忍に強姦され惨殺されたベトナム女性も入れるべきです。彼女たちも現在韓国政府に謝罪を求めています。
これは韓国政府に謝罪を求めるベトナム女性達の画像です。



私たちは、豪州ユナイティング教会に豪州とは無関係の政治運動に関わらないよう強く求めます。
平和を促進し人々を繋ぐのが教会です。政治論争に介入してコミュニティを分断すべきではありません。豪州は共有、調和、協調、尊重を大切にします。私たちは、この多文化主義の豪州での生活と未来が平和であることをコミュニティの皆さんと共に願っています。




change.org 署名への協力のお願い :外務省は慰安婦問題に関して、ホームページを作り直してください!


外務省のホームページは慰安婦問題に関して、「河野談話」と「アジア女性基金」を強調するばかりで、事実関係の検証には一切触れていません。また、不適切で誇張された英訳が多くみられます。これではいつまでたっても、「日本が軍隊を使って何十万というアジアの若い女性を強制連行して、性奴隷にした」という世界に広まる誤解を払拭することができないばかりか、日本政府が責任を公式に認めたと理解され、歴史的事実として固定されてしまいます。海外では、日系人に対する嫌がらせや差別も発生しており、特に子供に対するいじめは深刻です。外務省は直ちに「事実検証」に基づくホームページに作り直して、誤解を解くことに全力を傾注してください。
この署名活動の結果は岸田外務大臣あてに提出されます。署名活動へのご協力と拡散をよろしくお願いいたします。

change.org Petitioning 岸田外務大臣

「外務省は慰安婦問題に関して、ホームページを作り直してください!」
http://chn.ge/2bz795P


なおAJCN山岡代表は、月刊Hanada 10月号に外務省の英語のひどさを具体的に指摘し、またその外交姿勢についても批判する記事を掲載いたします。




急展開するシドニー慰安婦像設置問題


Cheers 9月号記事

2016年8月15日


AJCNは5月中旬から、韓国の政治団体挺対協(挺身隊対策協議会)の影響下にある反日韓国人グループ FWCA (Friends of ‘Comfort Women’ in Australia) による慰安婦像設置計画に対する反対活動を行っています。挺対協は、昨年12月28日に日韓両政府で合意したいわゆる”慰安婦問題に関する日韓合意”に反対し、彼らの言う真の解決を主張、一部の元韓国人慰安婦を抱き込んで韓国国内で激しい反対運動を繰り広げ、韓国政府と厳しい対立関係に入っていることは皆さんご承知のことと思います。
海外においても、韓国の反日洗脳教育により、事実をまっすぐ見ることができない視野狭窄に陥っている若い韓国人たちが、欧米で反日韓合意のキャンペーンを展開しています。シドニーでもそれに同期して、水曜デモ、アングレーム漫画展への慰安婦関連作品の展示イベント、反日映画「鬼郷」の上映会などを企画し、実施中です。参加者の多くは最近豪州にやってきた学生やワーホリの若い韓国人達です。

1.慰安婦像お披露目セレモニー

反日グループは、8月6日に慰安婦像を韓人会館に保管するので除幕式を外部で行いたいと、管轄のCanterbury-Bankstown Councilに申請を出しましたが、市は以前よりAJCNと話し合い、この問題の本質を承知していたため、内部で小規模の披露セレモニーを行えと指示しました。実は韓人会館の施設と土地は市からリースしているので、イベント開催と像の設置にはオーナーである市の同意を得ることが必要であり、またコミュニティの平和を重視する立場からこのような通達を出したものです。しかし反日グループは必死の請願を続け、イベント開催の週の初めに市は妥協して多くの条件を付けて、会館横の市所有のネットボールコートと韓人会館建物内部での披露セレモニーの開催を認めました。市は想定外の事件に対応するための積立金(Bond)の確保、短時間の開催、独自で保安要員を雇うこと、横断幕(バナー)の使用禁止、駐車場の使用禁止、ごみの除去等多くの条件が付けました。さらに保管に際しては建物の中とし、韓人会館会員以外の公衆の目に触れないようにすることと通知しました。韓人会館は講堂(Auditorium)を他の人種やオースラリア人に対し誕生会、クリスマスパーティなどのイベント開催用に貸し出しており、対策に苦慮したものと推測します。今回韓人会館を市に無断でまた貸ししていたことも発覚しました。これは市とのリース契約に違反していますのでペナルティが課せられるでしょう。

披露セレモニーが終了すると、慰安婦像は韓人会館内に搬入されることなく、そのままクレーンで吊り上げられトラックに載せられ、AshfieldのUniting Churchの敷地内に搬入されました。もともと慰安婦像のキット(青銅の像、ベースの石板、2つの黒色石製銘版、移動用車輪内臓の白木製台車が一体となっている)は大きく重いため、建物内への持ち込みは不可能と判断したものと思われます。

セレモニーイントロ 韓国音楽の演奏
挨拶する活動家ハルモニ(元・慰安婦)キル・ウオノク

来賓席:前列左から ビル・クルーズ牧師、キル・ウオノク、イ・ジェミョン城南市長、連邦下院議員リンダ・バーニー、後列左 挺対協ユン・ミヒャン代表

参加者約150名


2.慰安婦像は教会へ持ち込まれたが、危険場所に仮置き状態

Ashfieldの教会への持ち込みはBill Crews牧師が受け入れを表明しており、造園工事の完了を待って1年後に移設と反日グループは語っていました。それが8月6日に急きょ変更になったのは以上のような事情があったものと推察されます。
教会敷地はUniting Church in Australia Property Trust (NSW) 所有の私有地ですが、豪州の反差別法ではpublic space(公共空間)とみなされます。つまり電車やバス内と同じ扱いです。ですから私有地だからと言って何を建ててもいいというわけにはいきません。AJCNは教会管轄担当のInner West Councilに多くの情報を提供して、慰安婦像問題に関する懸念を伝えてきました。今回、教会は市の介入を恐れ、市に設置許可申請を出さず無断で教会の裏手にある、教会および慈善団体のための専用駐車場の奥に置くことにしました。

この駐車場には一般人も入れますが、普通の人間が道路や広場を歩くようにはいきません。裏道への通り抜けはできず、また裏道から入るゲートには電子開錠装置が設置されているため、一般車両と人は入れません。表の教会側からは鉄製の2つのゲートを通って入るので、ここを通って入るのは教会、慈善団体関係者か、その事務所に用事がある人くらいのものです。これらのゲートは施錠されていませんので、ビル牧師は慰安婦像を教会に設置し皆が見られるようにしたと言い張るのでしょう。韓国メディアは慰安婦像が教会の前庭に設置されたと報じており、韓国国内の韓国人はそれを信じています。

さらに認識する必要があるのは、ここがただの駐車場ではなく、毎日の炊き出し運搬用バンや荷物トラック、そして荷物の積み下ろしをするフォークリフトが走り回り、慈善団体のスタッフが働いている作業場所だということです。ですから安全のために「ここを人が通れ」という通行区画を示すサインが黄色のペンキで駐車場の周囲の地面に塗られています。慰安婦像キットは今このサインの上にはみ出して、人の安全な歩行を妨害しています。

反日グループは、8月6日のセレモニーで何度もAJCNの名前を出して我々の活動を日本政府のバックアップを得て行っていると非難しました。彼らは現実の悲惨な像設置現場を見て、今度はキャンベラ国立戦争博物館に展示すべく活動すると息巻いています。AJCNはこの設置計画を阻止するとともに、仮置きされている像の撤去に向けて教会側との交渉を開始します。

ビル牧師は昨年6月に、中国の人権活動家をサポートする目的で天安門事件を追悼するために製作された「自由の女神像」(中国系米国人の彫刻家がデザイン)を、今回の慰安婦像が置かれた場所に受け入れていました。この女神像は、その作られた目的が書かれた銘版も剥がされたまま、慰安婦像の脇に押しやられています。ビル牧師は中国共産党の迫害に抵抗し言論の自由を要求する中国人活動家をサポートしながら、中国共産党がバックから支援する慰安婦像設置活動をもサポートしていることになります。Uniting Church Australiaは子供たちに対する性的虐待問題で訴えられ、2013年に被害者たちに二百万ドルの賠償金を支払っており、この教会の体質が垣間見えます。

3.今までの活動の成果

我々のメンバーの80%は女性で母親ばかりで、そして彼女達の夫のオージーが家族を守るためにAJCNに加わっています。メンバーの粘り強い努力によって、今回の2つの市の対応を引き出すことができました。ストラスフィールド市での否決により、公的な空間への慰安婦像設置が困難であるとの認識が定着し、像は公衆の目から遠ざけるべきという行政の判断が一般化しています。反日グループが取りうる方策はもう個人の住宅のバックヤードに設置することくらいしか残されていないのかもしれません。

なお8月6日のセレモニーにおいて、反日グループは市から指定された条件のうち横断幕の使用禁止と駐車場使用禁止を無視しました。北朝鮮と関係の深い挺対協の目的は日韓合意つぶしと日韓豪米の政治的離反です。多くの韓国メディアを呼んで「慰安婦像が初めてシドニーに設置された!」と記事にしてもらい、彼らの韓国での寄付金ビジネスの延命を図るという目的は達成されるかもしれませんが、韓国の異常さをオーストラリア人に認知させてしまったのは、像設置に反対した1/3の良識ある韓人会会員や韓人会に入会していないマジョリティの韓国人にとって大きな痛手となったのではないでしょうか。ちなみに、今回来豪した挺対協のYun Mi-Hyang代表の夫は1993年に北朝鮮のスパイ容疑で逮捕されています。慰安婦像は極めて政治的なオブジェクトであり、平和や女性の人権とは全く関係ありません。真に問題の解決を望むなら、日韓合意を妨害したりはしないでしょう。AJCNは2度に渡って豪州メディア向けのプレスリリースを発表し、戦争で苦難を味わった女性への追悼は大切だが、政治的に利用するのは間違っていると主張しています。(AJCN事務局長 江川純世)


裏道から見た教会・慈善団体専用駐車場

駐車場奥に置かれた像、右は食料倉庫

歩行者用通行区画にはみ出した慰安像キット

像搬入日にはしゃぐビル牧師

慰安婦像と右に置かれた自由の女神像、その右は食料用大型冷凍冷蔵小屋

週日の車、トラック、フォークリフトが走り回る駐車場、像の前はフォークリフト置き場

たき出し配送用バンと食料輸送トラック、炊き出しは1,000食/日

教会側から駐車場への入り口ゲート

英語碑文




韓国はなぜいまだに韓国軍のためのベトナム人慰安婦について謝まらないのか?



AJCNがメディア・リリースや韓国人への呼びかけの中で触れている韓国軍のベトナムでの非道について書かれた記事を掲載しました。
この記事は5日前まではWebサイトのURLリンクで読めたのですが、なぜか今は消えてしまっています。今となっては貴重な記事ですので、英文ではありますがお読みいただければと存じます。



From the web site : examiner.com




This year, at the 96th anniversary of the Korean uprising against Japan in March 1, 1919, South
Korean President Park Geun-hye reiterated her call for Japan to admit to the war crimes it had
committed during World War Two. Yet, even as she relentlessly seeks an apology from Japan, Ms.
Park has conveniently ignored the fact that during the Vietnam War, Korean troops raped,
assaulted and barbarically slaughtered thousands of Vietnam comfort women. Ms. Park cannot
escape blame and claim unverified reports. Why South Korea still refuses to apologize to the
Vietnam comfort women is not as mysterious as it seems.

Documents from the US National Archives and Records Administration (NARA) show irrefutable
proof of South Korea’s abuses and wrongdoings during that period. Noriyuki Yamaguchi, then
Washington bureau chief of the Tokyo Broadcasting System, mentioned in an article he wrote that
in July 2014, the archives revealed a letter from the US military command stationed in Ho Chi Minh
City (then Saigon) to Gen. Chae Myeong-sin, the military commander of South Korea in Vietnam.
The letter referred to the illegal diversion of US supplies to South Korea, acts of prostitution in a
supposedly “welfare center” where Vietnamese women were working, and US troops using that
center for a $38 fee per visit.

The above report is only one of many accounts of South Korea’s atrocities towards the
Vietnamese people during the war. Elderly survivors have recounted their own horror stories of
the sex slavery and massacres they went through at that time. In 2001, recognizing the veracity of
the reports, then South Korean President Kim Dae-jung met with Vietnam President Tran Duc
Luong and offered a direct apology for South Korea’s acts on the Vietnamese people during the
war.

But the day after Kim’s message of apology, Park Gein-hye, then deputy leader of the Grand
National Party, the opposition party at the time, criticized Kim’s statement, saying it “drove a stake
through the honor of South Korea.” Looking back, it was an omen of things to come if she should
lead the country someday.

Seventy years and several apologies later, South Korean officials are still pressing Japan over the
WW2 comfort women issue. Like an infant fixated on a vendetta, South Korea’s sense of
entitlement is such that no amount of compensation or apology will satisfy them. Or is it really a
simple case of overblown egomania? Old and new historical events might provide clues.

In a case of karmic retribution for South Korea, the Vietnam comfort women issue has been
brought to international awareness 40 years after the war ended. To recall, in 1991 Kim Hak-soon
was the first Korean comfort woman living in South Korea to give a testimony about her alleged
experience under the control of Japanese soldiers. It triggered a barrage of angry reactions
against Japan and put the country under scrutiny for the reparation and atonement it should give
to its victims. Now it is South Korea facing the very same situation. Long before the Vietnam
comfort women came out and identified themselves, they already knew about their own
atrocities but, through cunning and clever manipulation, managed to keep it under the radar of the
mainstream media.

It took a visit to Vietnam by Yoon Mi-hyang in March to uncover the grim truth about the sex
enslavement of Vietnam’s women by Korean and American troops. Yoon is president of the Korean
Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan, the non-profit organization
formed to look into alleged crimes against women in Asia during World War Two, many of whom
were Koreans. In 2012, the Council had set up the Butterfly Fund and extended their mission to
help other women victims of war. Congo was the first country they identified. Little did they know
that in Vietnam, they would find out about the horrors that their own countrymen, the Korean
soldiers, had perpetrated.

Another recent incident that has put Pres. Park in a negative light is the Sewol ferry disaster. On
April 16, 2014, the South Korean ferry Sewol, carrying 476 passengers and crew, among them 325
high school students, was on its way from Incheon to Jeju island when it sank, killing more than
300 people, mostly the students. To date, nine are still missing. It was rumored that Pres. Park was
nowhere to be found and she was with a former political aide said to be married then. Japanese
journalist Tatsuya Kato, chief of Sankei Shimbun’s Seoul bureau, was singled out for printing this
piece of information and defaming Ms. Park. He was charged and indicted. This incident has
raised howls from international journalists amid concerns on press freedom in South Korea.

Park’s handling of the Sewol ferry disaster was widely criticized. In the seven hours leading to the
disaster, she received 18 reports and her only response were two orders that were standard
operating procedures. It was the committee secretary who acted as spokesperson before Ms.
Park could face the public herself. The investigation into the botched rescue efforts, the cause of
the sinking and the violation of safety rules have been assailed by the victims’ families as being
controlled by Park’s government. Add to that her unfulfilled promise to raise the ferry from the
bottom of the sea. At the first anniversary of the sinking, the families refused to meet the president
and promised to stage regular protests.

Park’s Strategy to Gain Support and Popularity

Recent polls show Park’s public support dropping from a low of 29% to a high of 46% from the preaccident
70 percent. In her bid to regain her popularity in the local and international community,
she must portray her nation as a victim. And the most convenient issue is a social one that targets
the “bleeding hearts” of open wounds from WW2 and stoke up nationalism via anti-Japan rhetoric
and propaganda. Here, the Korean comfort women fit the bill. Certainly, Japan has owned up to its’
share of the blame when it comes to WWS war crimes. From 1965 to 2010, its Ministers, Cabinet
officials and most significantly Emperors have made at least 14 apologies to South Korea alone, not
counting the 1995 Murayama and 1993 Kono statements. It put up the Asian Women’s Fund to give
monetary compensation to the comfort women in various countries, which all accepted but South
Korea refused to accept. On the domestic front, Park has been successful. Polls show that 57.4% of
respondents support not holding summit talks with Tokyo until yet another full apology from Japan
is given. In the United States, officials and diplomats are divided. Dr. Robert L. Shapiro, a former
adviser on economic affairs, sent a video message to Pres. Park stating his concern over her
country’s failure to forge better ties with Japan and her government’s curtailment of press
freedom. Under Secretary of State for Political Affairs, Wendy R. Sherman was more direct, citing
Park’s desire for cheap applause by putting Japan in a bad light for propaganda’s sake alone.

Another controversial issue between South Korea and Japan is over the Liancourt Rocks. Known
as Dokdo in Korea and Takeshima in Japan, the two countries have been disputing the territorial
jurisdiction of the islands, composed of two main islets and 35 smaller rocks. These islets are
valued for their rich fishing grounds and production of natural gas.

The background behind ownership of these islands is confusing. South Korea has been
administering them since 1954 but Japan’s legal basis of possession dates back to 1904. To put an
end to the dispute, Japan has suggested three times (in 1954, 1962 and 2012) that the matter be
taken to the International Court of Justice, but this was rejected by South Korea each time.

South Korea hopes that the US will back them in this matter and an opinion post in the Korea
Herald recently criticized its’ own government’s futile brinkmanship. Political analysts are not
inclined to think this will lead to any serious actions, militarily speaking or that the US will take
sides. Both Japan and South Korea are powerful Asian allies of the United States and showing
favoritism would be detrimental to it’s position. But Park Hwee-rhak, a political science professor at
Kookmin University in Seoul says Japan is more important to America in its policy towards Asia
because of its economic power, military technologies and its capacity to keep China in check over
its ambitious expansion plans.

Comfort Women Memorials and Resolutions Spring Up in the US

Some US politicians have been quick to cash in on the comfort women issue. When House
Resolution 121 sponsored by Rep. Michael Honda of Silicon Valley, Calif., was passed in 2007, it
was a go-signal for politicians to cater to the wishes of the South Korean community in their
electoral areas. In the guise of advancing public awareness to the injustice done to South Korean
women, resolutions and statues of comfort women have been put up in cities around the United
States. Local Korean-American organizations in the area applied pressure on officials to yield.
These particular “voting areas” have a large community of Korean-Americans who can swing votes
when elections come around.

On August 2014, the Fullerton City Council approved a resolution recognizing the Korean comfort
women. In New Jersey, the State Senate passed a resolution to the same effect.

The first comfort woman monument in the US was put up in Palisades Park, NJ in 2010. In 2012,
another one was erected in Veterans Memorial in Eisenhower Park, Nassau County, NY. In March
2013, a memorial was opened in Hackensack’s Bergen County, NJ and in July 2013, in Glendale
Central Park, Glendale, Calif., a statue of a young girl representing a comfort woman was unveiled.
In August 2014, a statue was put up in Southfield, Michigan. There are plans for another statue to
be put up in Maryland.

The comfort women monuments binge-building has recently spread to Canada, with a well know
political blogger calling it “a giant scam whose goal is to alienate Japan from the Western powers.”
The City of Burnaby in British Columbia is in the process of studying a proposal to put up a comfort
woman statue in the city.

With the Vietnam comfort women coming out into public consciousness, can the US expect a
deluge of similar memorials installed in the cities and parks anytime soon? And will South Korea
protest against them as the Japanese did over the Korean comfort women monuments? The truth
is that they won’t, as the Vietnamese communities in the US hold far less political sway and the US
itself would rather forget the Vietnam War.

The Atrocities in the Vietnam War

Just as the Japanese had their Comfort Women, South Korea also created brothels with Vietnam
comfort women for their and the American troops’ carnal pleasure. Numbering 5,000 to 30,000,
stories about them are not easy to come by, thanks to the cloud of secrecy that South Korea
shrouded them with.

The massacres that the Korean military committed during the Vietnam War on the Vietnamese
took about 9000 lives, not counting the living survivors who had no more lives to speak of. From
that time until 2000 when a more liberal administration took over in South Korea, it was taboo to
talk about their participation in the war. In June 2002, the US National Archives and Records
Administration declassified documents about the Vietnam War and the massacres at Phong Nhi
and Phong Nhat, Hoan Chau, and Phuoc My were made public. There are also the 1966
massacres at Tay Vinh that saw 1200 civilians being slaughtered and at Go Dai with 380 people
rounded up and killed. These mass slayings were all done in the same manner. The Ha My
account is an example of the way the South Korean Army and Marines butchered and killed
innocent men, women and children without remorse.

A first-hand account from Pamtihoa, survivor of the Ha My massacre is reprinted in The Hankyoreh.
It shows the trickery and brutality of the South Korean soldiers towards the Vietnamese. In March
1965, the 3rd US Marine amphibious force landed in Da Nang, Vietnam and took over Ho Ah Bang
and Di En Ban. In December 1967, the 5th regiment of the USMC handed over the Con Ninh base
to the 2nd Marine brigade of South Korea, called the Blue Dragons.

The people of Ha My who had been transferred to Con Ninh base went back to their village, as life
was hard at the base. Whether the Korean Marines permitted them or not is not clear. But they did
provide the village people with food and supplies and the villagers returned the favor by giving
them local delicacies. But, to their horror a month later, the nice Korean soldiers turned into
monsters. It was on a morning that they came, entered the village with their tanks and armored
vehicles and moved in three different directions. Then they gathered the villagers in three different
locations to listen to a speech from the Korean commander while the soldiers gave candies to the
children.

After the speech, the commander walked away and, after a few steps, made a hand gesture. In an
instant, M60 machine guns and grenade launchers came out of hiding from the woods and
opened fire on the shocked villagers. A total of 135 people were killed. Pamhitoa survived but lost
both feet. The dead were a ghastly sight – brains coming out of head, internal organs spilling out
of bodies, decapitated limbs. Along with a few survivors, Pamhitoa buried the dead in shallow
holes they had dug up. But the next day, the Korean soldiers returned with D-7 bulldozers, dug up
the graves and crushed all the dead bodies.

The Vietnam Comfort Women’s Stories

Unlike South Korea under Pres. Park, the Vietnam government advises its citizenry to put the past
behind them and move on to the future. But, if only to make Ms. Park realize her inconsistency and
how the resolution of war issues lies in her own hands, the Vietnam comfort women must be made
known in the same manner as the Koreans want their stories to be shared. Surviving Vietnamese
women speak of serial rapes several times a day, brutal sexual assaults and killing them after the
rapes. One woman who was nine months pregnant had her stomach slit open and her entrails
along with her baby hanging out.

Korean comfort women survivors Kim Bok-dong and Gil Won-ok as well as the Korean Council for
the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan have called on the South Korean
government to acknowledge the country’s wrongdoings and atone for them by way of an official
apology and compensation. It was an emotional moment and an eye opener at the House of
Sharing last April when Yoo Hee-nam, a comfort woman for the Japanese Army met with Nguyen
Tan Lan (64) and Nguyen Thi Thanh (55), massacre survivors.

What makes the Vietnam comfort women issue worse are the consequences of the rapes are the
children born out of these barbaric acts- called the Lai Dai Han, a term for mixed blooded children
who are viewed as contemptible and shunned by society. There are about 5,000 to 30,000 of
them, unacknowledged by their Korean fathers.

In fairness, Korean soldiers were not alone in raping the Vietnamese women. From August 1964 to
May 7, 1975, there were more than 9 million military men who served in the Vietnam War. Accounts
and research have proven that American GIs also participated in the rapes. But they were kept
hidden and if they did reach army court-martial trials, convictions were few and sentences were
light. The US government cannot deny that it shares accountability for the war crimes in the
Vietnam War along with South Korea. While the official stand is always not to condone such acts,
it’s a different matter out in the battlefields. Commanders and generals turn a blind eye to the truth.
But the war ended decades ago and the time has come for both countries to face their
responsibilities and cease the hypocritical finger pointing at Japan.